先生になるのに、適性はありますか?

こんにちは。伊賀明美です。

さて、この間、先生になろうかなと考えている方から、こんなことを聞かれました。

「先生になるのに、適性はありますか?」

みなさんはどう思われますか?

私は、適性はあると思います。

でも、最初からできている人は、ほとんどいないんじゃないかな。

ということは、学ぶ気があるなら、最初に適性がなくてもできるようになると思います。

私のようなフリーランスの講師の場合、適性には、2つの側面があると思います。

1つは、経営者としての適性。

仕事は与えられないんです。

だから、自分で、作り出していかなくてはならない。

待っているだけじゃあ、仕事は来ないんです。

資格は取ったら先生にはなれる。

だけど、生徒さんが来てくれなければ、名前だけでしかない。

どうやったら来てくれるのか?

真剣に取り組むことが必要です。

その時に大事なのは、すべては自分で責任を取るという姿勢。

自分で考えて、

自分で決めて、

自分で行動していく。

うまくいかないことを、人のせいにしたり、環境のせいにしない。

例えば、

「同じ資格を持っている先生が多すぎるから、生徒さんが集まらない。」とか、

「派手に活動している先生がいるから、私のところには来ない。」とか人のせいにする方がいます。

「田舎だから、高額な講座なんて来ない。」とか、

「不況だから無理。」とか、環境のせいにする方がいます。

こういう方は、経営者に向きません。

なぜなら人のせいにしていたら、それ以上状況を変えることができないから。

だからしょうがないね。辞めようってことになります。

自分で変えられないものは受け入れ、自分で変えられるところをやっていくこと。

例えば、同じ資格の先生が多いなら、その中で選ばれるにはどうしたらいいんだろう?

そういうふうに考えて、行動していくことが必要です。

環境だってそうです。

田舎だったら、どうしよう?

田舎でも、その値段を出してもいいと思ってもらうための努力をする。

違う地域で教えてみる。

いろんなアイディアが湧くはず。

その中から、なにかをやっていかなくては状況は変わりません。

2つめは先生としての適性。

先生は、「生徒さんに気づいてもらう、できるようになってもらう。」ことが仕事です。

だから、相手にわかるように伝えることが大事。

言葉遣い。

わかるようにする工夫。

いろいろあると思います。

でも、一番大事だなあと思うのは、相手を見ること。

同じように伝えても、わかる人と、わからない人がいます。

また、人によって、わかっていないところは違います。

だから、生徒さんを見て、どこがわかっていて、わからないのかを知ること。

そして、ちょっと良くなるためには、どこをお伝えするといいかを考えること。

その方にわかるように伝えること。

わからないようだったら、違うやり方で伝えてみること。

自分でいっぱいいっぱいで、人のことを見られない人は難しいかなと思います。

そのために、常に自分をケアすることも大事。

まとめると、私が思う先生の適性はこの2つです。

すべての責任は自分で取ることができる人。

相手をしっかりと見て、わかってもらえる人であること。

でもね。これ、最初からできなくても大丈夫。

最初のうちは、自分が人や環境のせいにしているのも気づかないかもしれません。

そこから、自分で責任を取るということはどういうことか、学んでいけばいい。

「相手を見る」も、講座の中、のみならず他の日常でも訓練することができます。

学んで、やっていこうという姿勢があるなら、適性は付いてくると思います。

ですが、学ぶ気もない、努力する気もないなら、難しい。

できているかできていないかさえ、周りの人は言いません。

結局は、生徒さんが集まって、喜んでくれているのか、その結果に現れるだけ。

先生として食べていきたいと思うなら、やっていこう。

それも自分で決めるしかないのです。